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「主役はいつも、普通の人々」
 若い瞳がソウゾウする街の未来
DATA
 Yokosukan(ヨコスカン)
 渡辺 学(わたなべまなぶ)
  1982年12月23日生まれの22歳。東京工芸
  大学工学部建築学科4年。「もっとデザインを
  勉強して、将来はデザイナーになれれば」。
  社会人サッカーチーム「コブラ」にも所属し、地
  元町内会では毎年みこしを担ぐ行動派。
Photo by Yuya Fukada
Webサイト開設で仲間が集まり
街づくりイベント、ついにゴーサイン
お互い、自分にないところを補い合いながら助走を始めた「ヨコスカン」は、ここから怒涛の展開を見せる。2003年12月、ハジメがヨコスカンのWebサイトを開設。「ハジメがここまでやらなかったら、その後の展開はなかったですね」(マナブ)。こうして、3人の胸のうちにあった想いを公開することで、ヨコスカンは本格的にスタートすることになる。
Webサイトでは“横須賀を舞台にしておもしろいことをしたい”という、はっきりとした意思表示がなされた。それはもはや、美術館だけの問題を軽く超え、横須賀をトータルに見て、自分たちなりにもっともっと良くしていきたいという意思表示だった。そしてまず目をつけたのが、“商店街”。シャッターが下りがちな商店街を盛り上げようというのだ。
彼らは、すぐに動いた。Webサイトで募集した仲間とともにまずは実際に横須賀を見て歩こうと、フィールドワークを実施。もっとも横須賀らしい商店街ということで、ターゲットはドブ板通りを選んだ。年末、道行く人にアンケートを実施し、つぶさに街を調査した。すると、驚くべきことが判明する。「下りているシャッターは、1軒しかなかったんです」
イメージと現実とのギャップを意識した後も、「商店街にカフェなどを作って、街にどんどん関わっていきたい、と思うようになった」(ハジメ)というヨコスカンは、さらにプランを練りつつ、賛同者を募った。そこへ、企画を実現するチャンスが訪れる。市が主催する「国際海の手文化フェア」市民行事への補助を告知したチラシを、たまたま見つけたのだ。
「チラシを見たときは、締め切り1週間前だったんです」(クロ)。企画は持っていたが、資金力がない学生にこの助成はありがたい。「もう、1週間ほとんど徹夜して企画書を作りました」(クロ)「予算も“とりあえず50万円”と適当に(笑)」(ハジメ)。『元気のない商店街のシャッターを上げよう』という企画。ギリギリに提出したプランに、ゴーサインが出た。
◇ついにイベント開催!これを実現させた奇跡とは?そして彼らの描く次のステップは?→次へ つづきはこちら
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