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「主役はいつも、普通の人々」
 若い瞳がソウゾウする街の未来
DATA
 Yokosukan(ヨコスカン)
 松井 創(まついはじめ)
    1982年1月20日生まれの22歳。千葉大学工
  学部都市環境システム学科4年で、都市計画
  が専門分野。「僕はもっぱら(ヨコスカンの)マ
  ネジメントです」という彼を、誰もが“大黒柱”
  と評する。高校時代はテニスに明け暮れた   
Photo by Yuya Fukada
物語の始まりは、一通のメール
3人の出会いがさらに力を生む
物語は2003年の春、ハジメが受け取った一通のメールから始まった。建築家・山本理顕(りけん)氏の講演会の告知。建築系の専門学校から千葉大学へ編入した経歴を持つハジメにとって、山本理顕という人物は「あこがれの人」。同時に、自分が住む街にできる美術館を設計する人なのだ。さっそく参加をし、質疑応答では真っ先に手を挙げた。
「僕は横須賀出身者です。…思い入れがある観音崎ですので、素適な美術館を完成させて下さい」。この一言から、ハジメの街づくりへの参加が始まる。すぐに横須賀市美術館準備室にメールを送り、それがきっかけで単身、ボランティアとして準備室に通うことに。直後に控えていた夏の子供向けワークショップの準備などに、夢中で取り組んだ。
「市民として、美術館のために何かできることはないだろうか、と思ったんです」と語る彼の瞳の中には、まるで小さい頃に町内会のお祭りの準備を手伝っているような、圧倒的な純粋さが宿っていた。Tシャツをアイロンでプリントし、子どもたちの使う楽器を竹で作るといったワークショップの準備は、そんな夏の匂いに満ちていたのかもしれない。
作品を生み出すアーティストよりも、そのサポート的な立場の方が合っているというハジメ。昔から映画が好きでよく見ていたというが、「いつも作っている人、裏方に憧れていたんです」。そんな“モノづくり”への興味に加え、生まれ育ち、暮らし続ける横須賀への“思い入れ”。これらが一体となって、ハジメを突き動かしていたのかもしれない。
そして、当日。観音崎で行われたワークショップでは、唯一の学生ボランティアとして参加。その場で、クロとマナブに出会うことになる。後から考えると運命的な日だが、その日は「挨拶程度」で、メールアドレスの交換をしただけだったという。しかし、ここから第2幕が。メールで始まった物語は、またもやメールで展開していくことになる。
◇バラバラなキャラクターを持つ3人。それが合わさり、徐々に歯車が回り始める!→次のページへ つづきはこちら
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