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 兄弟が叩き続ける
 魂のブギー・ピアノ
兄・斎藤守也
DATA
 Les Freres (レ・フレール)
 斎藤守也(さいとうもりや)
   1973年11月5日生まれの30歳、血液型O
     型。斎藤家の“第3子長男”。美しいバラード
     を得意とするが、実はハードロックやパンク
     も大好きだとか。仏語を忘れないよう、時々
     フランス映画を見るという“繊細な職人”。
Photo by わたる
音を楽しみ、音で遊ぶ
それが2人の原点になった
海外に留学をしてスキルを磨いたという2人のピアノ。さぞかし小さい頃から“英才教育”を受けていたのだろう、と想像していたが、実際は全く違うようだ。何と7人兄妹という大家族の中で育ち、家にはおもちゃのエレキピアノがあるだけ。「まさに団体生活」と2人が笑うように、部屋には兄妹がそれぞれに持ち寄った、雑多な音楽があふれていた。 7人兄妹の中で育った2人
その中で、弟・圭土は、おもちゃのエレキピアノを弾いて遊ぶのが好きだったのだという。そして彼が6歳の時、「自分では記憶がないんですが、自ら“ピアノをやりたい”と言い出したらしいんです」。それなら、と両親が通わせたのが、横須賀市内にある音楽教室。ここで彼は、本格的にピアノを習い始めることになった。

圭土が楽しそうに弾くエレキピアノに影響されたのが、兄・守也だった。彼は小学校6年生の時、見よう見まねで“作曲”を開始。「ピアノなんて全然弾けなかったんですが、音を探って遊ぶのが楽しかったんです」。音を鳴らしてはテープにとり、「<作品1>なんて名づけて遊んでました」という守也。気がつけば、テープは膨大な数になっていた。
最初に音に目覚めた圭土
これが、ピアノとの関係を決定的にした。教室に付き添いながら圭土の練習を見ているうちに、「何だか面白そうだな、と」守也もピアノを習い始めたのだ。音楽の楽しさを自ら発見した弟、そして弟を見てピアノを弾きたいと思った兄…。強い絆が結びつけた不思議な連鎖は、『音を楽しむ』ことを覚えた幼い頃の無邪気な遊びが原点だったのだ。 息のあった連弾
ところが、実際に始めてみると、ピアノはそう簡単なものではなかった。「もう1年目から“クラシックは嫌だな”、って思ってました」と笑う圭土だが、それでも続けたのは「兄が作った曲を自分で弾いていくのが楽しかった」ことが大きいという。「『バイエル』なんか全然練習しなかったんですけど、兄の曲を真似して弾くのは本当に好きでしたね」。

その兄も「基礎の練習より、曲ばかり作っていました」という。もともと遊びの中から音を“楽しむ”ことが2人の音楽の原点。しかし、嫌々ながらもピアノを習い続けたことが、結果的に基礎的な演奏スキルを身につけ、“音遊び”をどんどん深化させていったのは、幸せな偶然だったのかもしれない。そして、守也が15歳の時、決断の瞬間がやってくる。
兄の曲をよく演奏していた圭土
◇守也、人生最大の決断とは?
2人のインタビューは次のページに続く!
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